(グリーン・エージ Vol.29,No.8,pp.18-23,2002,日本緑化センター)
  リサイクル資材の利活用  −日光杉並木の事例から−
野澤 彰夫(栃木県林業センター特別研究員)     
1 はじめに
 日光杉並木は,日光へ通じる日光街道・例幣使街道・会津西街道の3街道にまたがり,古いものでは樹齢370年を超える杉が,総延長37kmにわたって,今なお約13,000本が現存しており,国の特別史跡と特別天然記念物に二重に指定されている。また,世界一長い並木として,ギネスブックにも登録されている。このように全国的にも,世界的にも,大変貴重な文化財と言える。
 しかし,生育環境の悪化や自然災害等により,毎年枯損木が発生して本数が減少しており,樹勢の衰退も進行しているため,杉並木の保護対策は急を要する。
 栃木県では,杉並木の保護対策として,バイパスの建設や並木敷両側用地の公有地化等を進めてきたが,樹勢衰退を食い止めるためには,直接並木杉の樹勢回復を図ることが重要であるため,平成8年度から樹勢回復事業に取り組んできた。樹勢回復法の主要な手段として,根系回復のために土壌改良工法を実施したが,その資材としてリサイクル資材を多く利用したので,その手法や利用した資材等について紹介する。
  
2 杉並木の樹勢衰退
 日光東照宮の並木杉台帳が作成された昭和36年以降の枯損本数からみると,一年に約100本ずつ枯損していることになる。枯損の直接的な原因は,台風や風倒・落雷等の自然災害であることが多いが,人為的な原因で衰弱が進行し,梢端枯れ(写真−1)や腐朽等が拡大し,最終的に自然災害に耐えられなくなるものが多いと考えられる。
 自然現象による衰退原因としては,乾燥・寒さ・台風・落雷等の気象害や老齢化・過密化・腐朽・病虫害等があげられる。また,人為的な衰退原因をみてみると,狭い杉並木の中を国道として利用しているため,路盤を掘り下げて舗装し,法が切られて根が切断・露出・乾燥し,排ガスや振動で痛められている。さらに,並木の外側も岡道として利用されたり,水路や盛土・開発・不法占拠等によって,生息空間が非常に狭められている。これらの原因が複合して衰退を進行させているものと考えられる。

3 樹勢回復事業(土留木柵工と客土)の実施
 衰退樹木の樹勢回復を図るためには,より望ましい生育環境条件を整える必要がある。環境条件のうち,自然現象による衰退原因を軽減・回避することは,技術的になかなか難しいが,人為的な衰退原因については,技術的には比較的改善しやすいと考えられる。
 杉並木の生育環境をみると,地上部の条件も決して良いとはいえないが,地下部の条件が特に不良であり,根系の生息領域が非常に狭められているのが決定的と思われ,根系生息領域の回復・拡大が最も緊急を要するものと考えられる。
 そこで,道路法面で切り取られた根(写真−2)の生息領域を少しでも多く確保するために,並木内道路法面の法尻に土留木柵を設置して改良土壌を客土する(写真−3)事業が行われた。この工法による事業は,平成8年度から今市林務事務所が実施し,その後,日光杉並木保護財団及び日光土木事務所により施工されている。この工法は,適用できる箇所が多く,施工しやすいが,根系生息域の拡大量(客土量)が限られているため,樹勢回復の効果はわずかしか期待できないのが欠点である。


写真−1 衰弱症状を示す梢端枯

写真−2 根を切られた道路法面

写真−3 木柵と客土で根系域拡大

4 新たな工法:中空ブロック(ポカラ)工法
 これを一歩進めて,道路機能を満たしつつ根の張る領域を最大限に確保するために,新たな樹勢回復事業を実施することになり,実際に事業で適用するためのより良い工法について検討した。
 根系生息域を最大限に確保するためには,掘り下げて作設された道路の不透水層を掘り上げ,改良土壌で埋め戻し,江戸期の旧街道の道形に近い形に復元して,車両等の通行を禁止するのが最も望ましいと考えられる。しかし,最低限の道路機能(管理道,生活道)は存続させなければならないという条件があるため,根系生息域の拡大と道路機能を両立させる方法が必要である。
 そこで,種々検討した結果,路床の支持体として空隙率の高いコンクリート立方体の中空ブロック既製品(商品名:ポカラ;特許取得製品)を利用することにより,施工性・経済性が改善され,支持強度・根系生息域の確保とも十分な性能が得られると考えられた。使用する中空ブロックは,ポカラ-1295型といい,一辺が 1.2mの立方体のコンクリートを,三方から直径95cmの円柱でくり抜いた形状をしている。
 樹勢回復のための根系領域としては,吸収根の生息域として,深さ約1m程度確保されればほぼ十分と考えられる。また,このブロックは安全率を見ても,設計耐力10t/u程度の強度を持ち,この上にコンクリート有孔床版を設置することにより,十分な路面の支持強度が得られる。中空ブロックの中とその周囲は改良土壌を充填し,コンクリート床版の上には砕石を敷き,表層は透水性カラー舗装とした。
 また,本工法の施工により,道路敷確保のために切土された部分を盛土復元することができ,昔の道形に近づけられるため,街道景観の復元の観点からも望ましい工法であると考えられる。

 

5 客土に用いる土壌改良用土
 樹木の土壌改良に用いる用土には種々の性質が求められるが,a発根促進効果,b長期間の土壌改良効果,c土壌病害の回避の3点が重要と考えられる。bについては,ポカラ工法施工箇所において掘削された道路敷を埋め戻す幅は,道路法面を含めると10m程度に達し,片側から根が伸長する領域でも長さ数メートルとなる。そのため,効果が長期間持続することがこの工法では特に要求される。
 そこで,改良土壌について検討した結果,次の材料により構成することとした。
 @牛糞堆肥:土壌改良効果・発根促進効果には実績もあり,使いやすく,Aの窒素飢餓を回避する役割もはたす。県内で生産されている牛糞堆肥のうち,完熟しており,しかも安全性の確かめられているものを使用することとした。なお,堆肥はリサイクル資材であるが,使用堆肥の原料は,牛糞50〜60%,オガ粉30〜50%,わら・もみ殻0〜10%程度の構成比とのことである。
 A杉皮土壌改良材:スギ(ヒノキも含む)の樹皮を羽毛状にして,保水性・通気性・植物の根の吸着性等をよくした木質系リサイクル資材で,クリプトモス等の名の商品(特許取得製品)。土壌中の分解速度が非常に遅いので,土壌改良効果が長期間持続すると考えられる。ただ,窒素分がほとんどないので窒素飢餓に注意が必要である。
 B粒状木炭:多孔質で土壌の透水性の改良の外,VA菌根が発達して植物の成長を促進することが見出されている。また,木炭は分解されないで長期間安定しているため,土壌改良効果が長期間に及ぶと考えられる。県内産の黒炭を破砕粒状化して利用することとした。
 C黒ボク土:施工地の表土は黒ボクであるため,配合土壌の基本の用土として施工地近辺の良質な黒ボクを利用することとし,夾雑物や病原菌混入の恐れが出来るだけ少ないものを探した結果,数年以上休耕している畑の黒ボクを採用することとした。
 土留木柵による客土の初期の施工においては,畑土に牛糞堆肥と粒状木炭を混入し,牛糞堆肥等の混合率を変えて試験をしているが,混合率が高いほど発根がよい傾向があった。しかし,スギに適する土壌の乾湿程度は適潤性〜弱湿性であり,土壌の通気については耐通気不良性がある。また逆に,水分欠乏時における抵抗性が比較的低いため,堆肥等の混入率が高い場合,乾燥した気象が続いたりすると乾燥の被害を受ける恐れが高い。これらのことから安全を考えて,堆肥等の混入率合計を1/4(25%)とすることとし,土壌改良用土の配合は表−1のとおり,容積比で牛糞堆肥10%,杉皮土壌改良材10%,粒状木炭5%,黒ボク土75%とすることとした。
 使用する配合用土は,こごりが残らないよう事前に十分混合するように注意した。

 表−1 土壌改良用土の配合
土 壌 混 合 物 製   品   ・   製   造   所   等 容積比
牛 糞 堆 肥 スーパーコン・グリーン(塩野谷農協で製造)  10%
杉皮土壌改良材 クリプトモス(今市木材開発(協)及び粟野町森組で製造)  10
粒 状 木 炭 (栃   木   県   内   産)   5
黒 ボ ク 土 畑   土 (夾雑物・病原菌の少ない地場黒土)  75
  注:クリプトモスは,杉樹皮(一部檜樹皮を含む)を繊維状に粉砕して作成された
    土壌改良材・マルチ材で,商品名は幾つかの名称を使用している。     

6 日光杉並木での施工
 中空ブロック工法による樹勢回復事業は,平成10年度から12年度にかけて,日光杉並木保護財団により,今市市瀬川地区において,すりつけ部を含む総延長で255m施工された。施工箇所は,並木内側の道路敷確保のため掘り下げられて,根系生息域が犠牲になっている杉並木(写真−4)で,現在すぐ脇を国道が通っている所である。工事の概略を説明すると,まず,道路の不透水層である舗装と側溝を破砕・除去し,砂基礎を固め,ポカラを設置(写真−5)する。起点と終点のすりつけ部分には傾斜をなめらかにするため(並木杉が文化財であり,道路下のわずかな根も切断してはいけないので,標準ポカラを設置できないため),一辺の長さを1/2(60cm角)にした特注のポカラ-635型(空隙率が小さいので効果は小さい)を用いた(写真−6)。次に,ポカラの内側と周囲に客土を充填し(写真−7),ポカラの上にコンクリート床版を敷設し(写真−8),路面の両側にも客土を盛る(写真−9)。床版の上の路盤には砕石を敷き,透水性舗装で仕上げ,土側溝と木製車止めをして(写真−10)完成となる。
 掘り下げられていた旧道敷部分(写真−4)が,事業施工後(写真−10)には,工事施工地とは感じられないような,ごく自然な杉並木街道に見えるようになった。施工して2生長期経過後に並木杉からの発根伸長状況をみてみると,長いものでは1m以上の長さがあり,太さも直径4〜5mmのもの(写真−11)もあった。この状況からみると,改良土壌の発根促進効果及び土壌改良効果は良好と考えられる。


写真−4 掘り下げられた路盤


写真−5 ポカラの敷設

写真−6 すりつけ部の小型ポカラ

写真−7 客土の充填

写真−8 コンクリート床版敷設


写真−9 路側部の客土


写真−10 土側溝・車止めと透水性舗装


写真−11 客土中への発根伸長

7 おわりに
 中空ブロック(ポカラ)による工法は,一旦設置すると簡単に土壌を入れ替えることができないので,当初から長期的・計画的に導入する必要がある。また,既存の道路等での施工では,通行止めにしなければ施工できない欠点がある。しかし,この工法は地上部を道路や広場等,外の用途に利用するための十分な支持力を保ちながら,地下部を根系生息領域として土壌空間を最大限に確保でき,また,面的にも立体的にも自由に拡大できるため,種々の場面で応用可能な工法であろう。
 一方,日光杉並木の樹勢衰退が進行している箇所は,並木の外側も水路や国道・岡道等がすぐ近くに迫って,根系生息域がほとんどなかったり,隣接林分が成長して光環境が不良になり,並木杉の下枝が枯れ上がっている等,並木外側の環境悪化が大きな原因であることが多い。杉並木の樹勢回復を図るためには,並木の内側はもちろんだが,同様に外側についても,地下部の根系及び地上部の枝葉が伸長できる生息空間を十分に確保することが重要であり,今後の対策として強力に取り組んでいく必要があろう。

注:原本はモノクロ印刷です。
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